スクラムマスターというファシリテーター

スクラムというソフトウェア開発プロセスには、スクラムマスターという役割がいます。スクラムではチームメンバーが信頼に基づいた協力関係の中で価値を創出し、ときには対立もしながらよりよい成果を模索し、チーム全体の成長とプロダクトの成功を目指します。その中でスクラムマスターは全体が円滑に進むようにし、明白なルール違反を指摘し(ルールの数はごくわずかです)、対立を解消し、チーム全体が与えられた状況で長期的に最善のパフォーマンスを出すことにコミットしています。ファシリテーターならスクラムマスターができるわけではありませんが、スクラムマスターはファシリテーターの役割を果たします。

以前に紹介したパターンによると、スクラムマスターには以下の8つの役割があります。

  • 触媒: スクラムに欠かせない大量のコラボレーションを発現させる。
  • 完成マスター: スクラムマスターはチームに完成の定義(Definition Of Done)を守らせる。
  • 牧羊犬: チームが常にプロセスを守るよう支える。監視して、ズレを補正する。
  • 鏡の剣士: スクラムマスターは鏡の剣士となり、チームの行動を投影してみせる。チームは自分自身の長所と弱点に気づく。
  • コーチ: チームに改善を促し、改善のためのアドバイスを与える。
  • チアリーダー: チームを元気づけ、ポジティブなフィードバックをする。
  • ファイヤウォール: 不必要な外部の影響からチームを保護する。
  • プロダクトオーナートレーナー: スクラムマスターはプロダクトオーナーがより上手になるのを手伝う。

この中では触媒と鏡の剣士が、スクラムマスターとファシリテーターの交叉する部分になっています。スクラムマスターはミーティング(スクラムではイベントやセレモニーと呼ばれる)のファシリテーションをします。スクラムに不慣れなチームは上手な進め方が分からないので、経験あるスクラムマスターがガイドすることになります。進行はもちろん、議論の活性化や、多様な意見を表出させたり、タイムボックスを守るのもスクラムマスターになります。

同時にスクラムマスターはチームの成長を促します。特に朝会(15分以内の毎日全員が参加するミーティング)は、進行をスクラムマスターからチームメンバーに委譲する最初のセレモニーとなることが多く、進め方を全員が把握したらスクラムマスターは後ろに下がって、チームにファシリテーションを任せます。他のミーティングも、多かれ少なかれチームが進行するように段々なっていきます。スクラムマスターはファシリテーションを手伝うこともあるし、100%チーム任せにすることもあります。

ミーティング以外でも、スクラムでは始終活発なコミュニケーションが起きています。スクラムマスターはその様子を見て、チームが進む方向を把握したり、長所短所に気づいたり、問題の芽を見つけたりします。スクラムマスターはコミュニケーションが上手くいくよう手伝いながら、そうした知識をできるだけ透明にチームに伝えて、チームが気づかずにいた点を直せるよう仕向けます。チーム内で対処しきれない問題があれば、スクラムマスターが代わって解決します。

いっぽうチームはスクラムマスターからの指摘を受けながら、スクラムの進め方やコミュニケーションの取り方に上達していきます。連携すべきステークホルダーとの関係性も、徐々に確かなものになっていきます。そうするとスクラムマスターは、今までと同じように観察していても、指摘することは減ってきます。問題(スクラムの言葉では障害物、インペディメント)の解決も、チーム内の問題から、チーム外へと重心が移っていきます。

ここでは一部しか例を挙げませんが、このように、ファシリテーターとしてのスクラムマスターは、ひとつの場をファシリテートする役割と同時に、その役割をチームが吸収できるよう成長させる役割を持っています。チームのミーティング、チームのコミュニケーション、チームの問題解決、いずれもチーム自身で対応できるのが一番効果的であると信じて、その方向に向かってゆくのもスクラムマスターの仕事です。

スクラムを導入した開発チームにおいて、スクラムマスターの最終ゴールとは、自分が不要になることだとも言われています。チームと一緒に働きながら、スクラムマスターとしての全力でチームを支援し、そうした支援のやり方やテクニック、思想までチームが吸収してくれれば、名誉ある用済みになれる。スクラムマスターとして、自分の価値や効用を提供できれば、喜んでもらえるし満足度もありますが、それにチームを縛ってはならないと思います。

私が気をつけているのは「手を出さない」「口を出さない」ことです。我慢も辛抱もいるし、非難されることもあるし、逆効果のこともあります。それでも、みんな自分で考えて発言して行動できるし、私が関与するよりもきっと良い結果を出せるはず、失敗するかもしれないけどそこから学ぶことだってできる、そう信じています。経験は場で起きるかもしれないけれど、学びと成長は場を超えていきます。ファシリテーターって、促進する人だとすると、長い時間をかけた成長を促進するのもやはりファシリテータだと思いたい。まあ、「参加者に任せれば最高の結果が出るはず」よりは「私なんか大して役に立たないし」と思うほうが、簡単だしきっと現実に近いんですけれども。

そう思えば、大して役に立たないけどちょっとは役に立つことをしながら、みんなが失敗しながら学んでいく速度を最大化する、やがては役立たずの烙印を押されるその日に向かっていくこともできるのかな。

最後になりましたが、ファシリテーター Advent Calendar 2015 - Adventarには id:DiscoveryCoach ことがおりゅうさんに誘っていただきました。場違いなエントリかもしれませんが、読んでいただいてありがとうございます。