自分がどんなふうにインセプションデッキ作りをファシリテートしているか

インセプションデッキ Advent Calendar 2019 - Adventarの参加エントリです。

アジャイルコーチとして活動する中で、インセプションデッキ作りを手伝うことがよくあります。私がファシリテートする場で、どんなことを考え、どんなことをしているのか、思いついたところを書き出してみました。一例として参考になる部分があればいいなと思っています。書き出してみると、我ながらちゃんと考えられていないところがあるなあと気づいたりしますね。

 

目次

 

インセプションデッキ作りが重要だ、作ったインセプションデッキはどうでもいい (いくないけどそれほどでもない)

私がインセプションデッキを作るねらいは、参加者がプロジェクトの背景や目的、ねらいとこれからの進め方について議論し、理解し、合意する活動そのものです。その意味で、デッキ作りの成果は、参加者の中にある認識であったり、作ったデッキに対して合意したという仲間意識であったり、これから一緒にやっていこうという意気込みであったりします。

 

デッキの完成は、そうした成果に比べると優先順位は下がります。個々のスライドの完成度はあまりこだわりませんし、すべて完成しようともしません。組織、プロジェクト、参加者によって重要な要素は毎回異なるので、時間をかけたいスライドも変わってきます。

 

もちろん完成に意味がないというわけではありません。完成したデッキは有用で、目に付くところに貼っておいたり、将来のタイミングで見直したり手直しをしたりできます。ですが、完成のためにやっているわけではないのだと認識しておくほうが健全です。またデッキの完成を目標にしてしまうと、議論が足らなくなったり、空気を読んで“合意”してしまったり、しやすいようです。

 

タフクエスチョンカードを手作りする

タフクエスチョンカードを、最初に作ります。これは物理的な紙のカードで、「(タフクエスチョンするぞ…!)」という気持ちを表明するのに使います。質問、ツッコミ、反論をするときにこのカードを出してから言うという使い方をします。説明としてはそういうふうに言いますが、実態としては質問することを忘れないための手元のトークンになるものです。


インデックスカードを1人1枚配り、各自カードを作ってもらいます。デザインは人それぞれで、びっくりマークやクエスチョンマークを描く人や、人間の顔を描く人、爆発やツッコミのイラストなどもあります。インパクトあるデザインでもいいし、逆に雰囲気を和らげるように描くのもよいでしょう。


タフクエスチョンカードを手元に置いておくと、質問から議論が起こりやすくなります。話を聞いたときそのまま納得するのではなく、なにかツッコミを入れるように意識が向きやすくなるのではないかと考えています。

 

全体の進め方も合意で決める

インセプションデッキ作りの進め方そのものも、議論と合意で決めていきます。最初に導入として、インセプションデッキの全体像や個々のスライドの内容を簡単に紹介し、スライドのタイトルを付箋に書いて並べます。ここからは、参加者全員でのプロセスになります。どのスライドを選ぶか、どの順番で作るか、どのくらい時間をかけたいか、その場で検討しながら決めていきます。結果として作るスライドを順番に並べたものができます。これはスクラムのプロダクトバックログと同じで、進みながら見直し、随時変更、入れ替えていきます。


スライドを自由に選ぶ流れではありますが、実際には「なぜここ」が外れることはありません。他にも「エレベーターピッチ」「ご近所さん」「夜も眠れないこと」「トレードオフスライダー」あたりは採用されることが多かったです(私がファシリテーターをやるときの話なので、私自身のバイアスが影響してそうな気もします)。順序は「なぜここ」が最初、あとは気になっている箇所を優先していくと、けっこうバラバラになります。Why→Howの順序が崩れることもあります。


少なくとも最初の数枚を決めてから、スライド作りに入ります。1枚終わったら、本当に完成にしていいかを確認したうえで、付箋に大きなチェックマークを付けていきます(確認にはサムズアップ・ダウンを使います)。また、そこで残り時間を確認し、次以降のスライドを見直します。予定時間を調整したり、順序を入れ替えたり、ときには準備が不足だと気づいてスケジュールを立て直すこともあります。

 

オーナーは目的意識を持って事前準備する

インセプションデッキ作りには、通常オーナーがいます。すでにバスに乗っていて、今回の参加者もバスに乗せたいという意図をもった人々です。この人たちには、作りたいスライドを事前に考えておいてもらい、いくつかは叩き台を準備してもらうこともあります。しかし当日、スライドを決めるに当たっては、そうした意見もあくまでいち参加者の意見として発言し、そうしたい理由を説明してもらい、全員の合意で決めるようにしています。


オーナーは場合によっては、事前に他の参加者に状況説明や参加してほしい理由などを説明していることもあります。インセプションデッキ作りは合意を一とする場で、アイデア出しや各論の検討、議論をするには時間が足りないようです。


(こう書いてみると、まるで根回ししまくりの、当日は意見もアイデアも出ない静寂とした、オーナーの都合に合わせた予定調和の、粛々と進行してシャンシャンとまとまる、つまらない会議みたいに聞こえますね。実際はそんなことなく、それぞれの人がそれぞれの立場から色々な案や反論や感想が出てきますし、はじめに思っていたのとは違う合意があらわれることも多いです。上に書いたような気を使うのは、参加者の数が多く多様で、仕事上の立場もミッションも違い、利害対立する可能性があるような場合で、オーナーの判断によります。一例として、いわゆる顧客や発注側の内部で合意を作りたいときです。)

 

タイムボックスはあんまり使わない

完成を意識しすぎないよう、インセプションデッキではタイムボックスをあまり設けないようにしています。「なぜここ」を話し始めて、そのまま丸1日まとまりきらないこともありました。


議論をファシリテートするうえでのテクニックとして、時間を意識してもらうことはありますし、割と大事にしてもいます。ですが「このスライドはあと30分で打ち切りましょう」というような進め方は避けています。参加者が話し尽くしたと感じられる、挙げられた論点がひととおりカバーされている、熱意を持って「これでいこう!」という雰囲気ができているかで、終了にしてよさそうか判断します。ファシリテーターや、参加者から「これで完成にしましょう」のような意見が出て、みんなが喜んで合意すれば、完成です。合意できないときや、不承不承な感じがする、疲れてきてどうでもよくなっているようなときは、長めの休憩(15分~30分)をとってから再確認します。


スライドにより、時間あたりの収穫が急に下がるものや、時間で切らないと終わりにしにくいものもあります。最初にタイムボックスを決めることが多いのは「パッケージ」や「夜も眠れないこと」などです。
もっとも参加者が全員集まれる時間は限られているので、いくらでも時間をかけていいというわけにはいきません。時間がかかりそうな部分は、事前に叩き台を準備してもらったり、一部の関係者で議論を進めておいてもらったりするようアドバイスしています。

 

休憩は戦略的に

休憩は重要です。4時間、あるいは丸1日かけてインセプションデッキ作りをするのであれば、休憩もしっかり確保します。休憩には戦略性があって、お手洗いに行くていどの5~10分くらいの休憩は前の議論を続けやすくなります。議論が詰まったような場面では、15分~30分くらいの長めの休憩を取って、頭を切り替えます。場のあったまり方にもよりますが、休憩時間にリラックスしてコーヒーやお菓子をとりながら話しているときが、実は突っ込んだ話ができていたりもします。当然、ちゃんと休むのも大事なので、話が続いているのを遮ってしまうこともあります。


休憩を取るタイミングも工夫ができます。話が盛り上がったとき、特にテンションや感情が高まったときは、すこし落ち着くために休憩を挟むのも有効です。結論や合意になんとなく不満がありそうなときも、いちど休憩を入れて個別に話すタイミングを取るとよいです。デッキ完成など区切りがついたときに取るのもよいのですが、完成したときはテンションが上がっていて、そのまま休まず次に進んだ方がスムーズに移行できるようなときもあります。

 

それぞれのスライドについて個人的なメモ

なぜここでは、以下のような質問を使って、状況を深掘りすることが多いです。

  • なぜ今、このタイミングなのか?
  • なぜこのメンバーなのか?
  • 他のことではなくこのプロジェクトをやる理由は?
  • うまくいったとき、本当に喜ぶのは誰か?

会社組織の中で立ち上がるプロジェクトでは、プロダクトとして実現したい目標だけではなく、組織の事情、人の都合、予算や年度区切りなど、本質っぽくないドロドロしがちだけど必要な話というのがよくあります(面倒くさい……)。きれいごとだけではない背景まで明るみに出して、コアメンバーで共有するようにします。こうした話はデッキには書き残せないこともありました。

 

エレベーターピッチには苦手意識を感じています。おそらく、企業の社内システムに関わる仕事が多いためもあって、エレベーターピッチ作りで紛糾したり、議論がダレる場面を多く見ます。エンドユーザーにはっきりしたペインがない、他の選択肢がなく優位性を考えられない、上からやれと言われてやっている感がにじみ出てしまう、などです(そうした認識が表面化するのは、それ自体は有益だと思います)。ステークホルダーが顔の見える特定の個人で、その人を説得する言葉が政治じみていて、プロダクトからフォーカスが外れてしまう場合もあります。

 

パッケージデザインは、私は心の中で「プロダクトビジュアル」と呼んでいます。プロダクトのポスターを描く形式にすることが多いです。プロダクト名や特徴などの文字も使いますが、なにかしらの絵、イラスト、アイコン、ロゴを入れてもらいます。アイデアを出しながら、全員がペンを握って描くように、絵が上手い人に押しつけるようなことがないようにガイドします。上手だったり綺麗だったりするよりも、参加者全員が「自分が描いた」と感じられる方が大事です。できたポスターはそのまま、チームの仕事場に貼り出しておきます。

 

ご近所さんでは、顔が見える(個人名が分かる)ようにしています。部署だったり会社だったりではなく、その中の誰が担当なのか、内部にはどんな人がいるのか、何かあったときに誰に連絡することになるのか、わかる範囲で出してもらいます。

 

トレードオフスライダーの基本4項目(スコープ、予算、時間、品質)だけ議論するときは、必要ではあるもののあまり面白い話にならないことが多いようです。面白いかどうかは、大いに主観ですけれど。それ以外の項目の話が出てくると、このプロジェクトならではの話に発展します。

 

以上です。アドベントカレンダー次回は、12/21稲野さんの予定です。